思うまま・独り言(4)
過去の分「独り言集」(1) 平成15年3月(No,1)〜平成17年12月(No,33) ご覧下さい
過去の分「独り言集」(2)平成18年1月(No,34)〜平成19年4月(No,49)ご覧下さい
過去の分「独り言集」(3)平成19年5月(50)〜平成20年11月(68)ご覧下さい

80.〔平成21年12月版・平成21年12月20日更新〕
 去る11月21日開催された「立正安国論奏進750年記念 名古屋管区大会」の中で、子どもたちを対象に行われた寺子屋で、水についての大切さが話されました。子どもたちは、その話を聞いた後、メッセージを書き、道行く人に手渡しをしました。その中に、法筵寺総代のお子孫さんが書いた手紙を、あるご婦人の方が、とても感動したということで、本人に手紙が届けられました。今回は、両ご本人の了解を得ましたのでご紹介します。

 竹内陸斗君(8歳・小学2年生)の書いたメッセージ(原文のまま・右の写真)
 アフリカの子どもたちは、とても、くろうして、水を父や母のために、まいあさ2時間かけて、はこんでいるのですね。わたしたちのくにでは、あたりまえのように、みずをのんでいましたが、がいこくの人が、どれだけくろうして、やっているのかしりました。あなたたちはりっぱな人だとおもいます。

 「メッセージをいただいた七十二さいのおばさんより」の手紙(原文のまま)
 竹内くん、メッセージありがとう。ぐうぜん道ですれちがって受け取ったメッセージを読んで「そうなんだ。」「アフリカの子どもったちは苦労しているんだなあ。」「えらいなあ。」と心にひびきました。
 私は、じゃ口をひねれば すぐ出てくる水にあたりまえの気もちでいました。これからは頭の毛をあらうときにも、いちいち水をとめること、お米を洗うときも、いちいち水をとめることを まず実行します。
 陸斗君のメッセージを孫四人とその親 私のおっとの九人に伝えました。メッセージを次々と伝えていけば、もっともっと かちあるメッセージになっていくのですね。
 君はとてもよい事をやったのですよ。私は陸斗君にはく手を送ります。


79.〔平成21年11月版・平成21年11月15日更新〕
 本年は、日蓮聖人が鎌倉幕府へ立正安国論を奏進(そうしん)して750年に当たります。その頃の鎌倉は、天変地異(災害)が続出していました。なにゆえにこのような災難が続くのかと、その理由をまん延していた浄土教(法然・ほうねん)にあると「立正安国論」にまとめられ前執権・北条時頼へ提出しました。このことを奏進と呼びます。「立正安国論」は、客と主人との問答形式で書かれており、前執権・北条時頼を客とし、主人を日蓮聖人と置き換えて読むと理解しやすいと云われています。
 奏進したものの、鎌倉幕府は黙殺し、さらに浄土教徒は怒り、その後、住まいが焼き討ちに遭ったり、幕府によって流罪にされるなど数々の苦難の時代が続きました。
 日蓮聖人は、お釈迦様の出世の本懐(この世に誕生された本当の理由)は法華経を人々に知らしめるためであるとされ、法華経以外の教えは、仏教に非ずと随所に述べられています。当時の混乱も誤った教えが広まっているゆえ、善神はこの国土を守っておられないと言われました。
 日蓮聖人は他宗批判を繰り返す人というイメージが強調されています。しかし、浄土教の法然上人を名指しにされたのは、法華経を自らも学んでおきながら、一切の教え、一切の仏・菩薩・諸天善神を否定しているゆえに、そのことを批判をされたのです。また、当時、鎌倉幕府内は、浄土系の僧侶が相当の権力と影響を与え、さらには日本神道の神社にまで、念仏の影響を与えていました。これらの現状を顧みての奏進でありました。ただ一方に批判をしていたのはありません。
 今日、異宗派間での法論はなくなりました。むしろ宗教を超えて対話と手を取り合おうという流れです。そのような考えは日蓮聖人に反するという考え方も古来よりありました。手を取り合ってと言いながら、実は、この教えしか認めないと心の奥底ではお互い思っているのではないでしょうか。心底、自分の信じる宗教に絶対信があれば、それも可能かもしれませんが、果してどうでしょうか。
 お釈迦様の時代から2600年、日蓮聖人の時代から800年にならんとしています。日蓮大聖人は、今日の宗教宗派の在り方を認めておられるのか。法華経の説く世界とはいかなるものなのか。真理を時代とともに教えとして変化させていかねばなりません。事実としての救いはあることに気付かねばなりません。その為には、宗教者自らが角度を変えねばならないのかもしれません。
まず、なによりも、自分自身が救われていなければなりません。今のままでは絵に書いた餅を食べろと言われているようですから。
〔なばなの里〕
 

78.〔平成21年10月版・平成21年10月15日更新〕
 9月26日は、伊勢湾台風から50年を迎え、各地で慰霊祭や当時の記録を展示する催事、又、防災に関する行事などが行われていました。災害は忘れた頃にやってくるとあるように、10月8日、台風18号が勢力もルートも伊勢湾台風と同じような経過を辿りそうであると予想されました。しかし、今回はわずか数十キロ離れたルートを通過したため名古屋は大きな被災は免れ、公立の小中学校も警報が解除されたので午前中から授業が再開されました。後日、発表された今回の台風を検証する資料によると、もし、伊勢湾台風と同じルートを通過していたら、高潮等の影響をまともに受け、多くの浸水を受けた場所があったとありました。
現実には浸水や被害もなかったのですが、両方のことが言えます。無事で良かったと思う人。結局、台風と言っても大したことはない。むしろ情報が大袈裟すぎるという人。どちらも素直な意見ですが、この両者の思いが、それぞれ違った災害に対する意識となり、防災になっていきます。あなたはどちらでしょうか。

 過去の出来事が影響する、いわゆるトラウマと呼ばれるものですが、それこそ、50年前の伊勢湾台風の時は4歳でしたが現在地で被災しました。今でも台風が襲ってきたその日のことは鮮明に覚えていますが、記憶にはないその時の恐怖として残っていたことが、意外なことで思い起こされたことがあります。
10年程前になりますが、長野県の善光寺には地下通路で有名な戒壇めぐりというのがあります。当初は軽い気持ちで、何の恐怖感もなく入ったのですが、まっ暗闇の中で、突然恐怖心が蘇りました。その時は、子供に大丈夫だからと声をかけながら、一歩づつ歩いて何とか出口に着いたのですが、後で聞くと一番騒いでいたのは、私だけのようで、子供からも何故そんなに騒ぐのかと言われたくらいでした。
 普段、就寝する時は真っ暗な方がいいのですが、どうも、それ以外の暗闇は苦手だったと今さらながら認識しています。丁度、台風が襲ってきた時、当時は小さなお堂でしたが、そのご宝前(神仏がお祀りしてあるところ)の真下で寝かされていて、しかもローソクの明かりがぼんやりとしかなく、その明かりも突風で壁が抜け落ちた時に消えました。さらに、近所の人が、水が来たと言って玄関を叩き逃げ込んできました。なんとか2階へ逃げたのですが、その間は真っ暗闇の出来事でした。たしかに恐怖を感じていたのですが、それも原因の一つかもしれません。形は違えど、誰でも小さい時の恐怖心お持ちではないでしょうか。
〔銀杏・大阪にて〕



77.〔平成21年9月版・平成21年9月15日更新〕
 9月5日、弟子の海頌(かいじゅ)が、日蓮宗の僧侶となるべき修行を修了しました。
日蓮宗の僧侶となるには、まず日蓮宗の教師(僧侶)に就いて、得度(とくど)を受けて出家します。次に、日蓮聖人が出家された、千葉県の清澄寺にて度牒(どちょう)を受け、これが宗門での最初の式となります。その後、僧階を取得するために、必要最低限の教学を学び、検定試験を受けなければなりません。これに変わるものが、日蓮宗立の身延山高校、身延山大学、立正大学のいずれか宗学科を卒業しなければなりません。さらに、各地域で行われる公式な読経試験と面接が行われ合格したものが、初めて日蓮宗僧侶(教師)となるべき、信行道場(しんぎょうどうじょう)に入場する資格が与えられます。
 弟子は、現在、立正大学の4年ですが、以前に検定試験には合格していたために、今回、入場することができ、8月2日より修行に入りました。もちろん修行中は、禁酒禁煙、精進潔斎で外部との接触はできません。
 主な修行の中に、毎朝、総本山久遠寺の朝勤に出仕します。4時前に起床、水行の後、うちわ太鼓を叩きながら、唱題行進をして登詣します。この間は見ることはできますが、会話はできません。朝勤出仕後は、日蓮聖人の墓所(御廟所)へ参拝して、再び道場へ戻ります。道場内では、日々、僧侶としてのさまざまな訓育が行われていきます。

 以前より、この機会に総本山へ参詣し、信行道場の雰囲気も体験して頂こうと檀信徒の皆さんと団参を計画していました。ところが、今回、インフルエンザが道場内でも蔓延し、途中から完全に外出禁止との保健所からの指導が下されたのです。せっかくの団参でしたが、残念ながら、その姿を見ることはできませんでした。その後、何度も宗門から連絡もあり、最悪の状況も想定されていましたが、結局、9月3日全面解除となり、再び総本山の朝勤にも出仕することができるようになりました。
この間、最長10日間の別室での生活を余儀なくされた道場生もいたそうです。最悪の時には38名中19名が寝込むような時もあったようです。弟子は、一度も寝込むことなく35日間を務めることができましたが、時には、3人分の作務をこなさなければならなかったようです。しかし、強制的に隔離された道場生も、そうでない者も格別な修行であったと思います。又、それ以上に指導する訓育部の先生達は、さらに多くの難題を抱えての修行であったはずです。
 ともあれ、今回、日蓮宗の教師となったのですが、これからが本当の修行となります。あと半年は卒論の為に寮生活に戻りました。
 これからも、師弟共々、皆様のご理解とご尽力をお願い申し上げる次第です。
〔修了式後・信行道場にて〕 



76.〔平成21年8月版・平成21年8月16日更新〕
 7・8月のお盆も終わり、そろそろ秋の気配を感じるようになってきました。しかし、今年は梅雨明けも今月に入ってからで、蝉の鳴き声が例年に比べ少ないと聞きます。また、ある檀家さんの所では、毎年、夏場は必ず1日に数匹の、かぶとむしが電灯に集まってくるのに、今年は1匹も来ていないと言われました。
2日に開催した恒例の夏休み「親子の集い〜寺子屋〜」でも、小さな子供達は、真っ先にプールに入るのですが、涼しくて、後半になり、やっと入ってくれました。しかし、一度入ると、なかなか出てこないのも子供ですね。

 さて、先日、駿河湾沖にて、大きな地震が発生しました。幸い、早朝だったために大きな被害はありませんでしたが、東名高速道路は被害がありました。お盆の帰省時期にかかりましたが、迅速な対応で数日間で復旧しました。
今回の地震は、以前から言われている東南海地震とは全く関係のないとのことで、震源地も関連性はないと発表されていますが、所詮、地続きなので本当の事は分かりません。
ニュースなどでも30年以内に80%とか、87%とか大地震が起きると確率が言われています。とても高い確率ですが、その割には、まだ多くの人にはピンときていない感もします。30年という年数によるものとも思います。
 しかし、この考え方は30年間の内に、いつ起きても不思議ではない確率が80〜87%であるという解釈です。ゆえに、明日かもしれませんし、30年後かもしれません。このような考え方をしたらどうでしょう。もし、明日、雨が80%の確率で降るとしたら、どうするかです。当然、子供達には傘を持っていきないというでしょう。洗濯はどうするか、さまざまなスケジュールも考えるでしょう。これが防災ということかもしれません。
以前にもお話しましたが、この地域では、東南海地震が起きたら、津波が30分後には30センチ来ると、管轄している消防署での講習会で聞きました。その対策もしなさいとのことです。無論、逃げようがありませんから、3階の本堂に避難するしかありません。又、、それでもいいということでした。
 どのような防災意識や具体的な対策をしているかは別にしても、その時は来て欲しくありませんが、大いなる地球という意識が為せることです。ひたすら安泰なることを願うと同時に、そのような行動や想いを持つことも大切なことです。

〔境内のすいせん〕



75.〔平成21年7月版・平成21年7月5日更新〕
 
中日新聞の夕刊に「無言清掃〜心はぐくむ〜」という記事がありました。福井県永平寺町(曹洞宗の大本山永平寺がある)の町立永平寺中学校での話です。この学校では23年前から、清掃時間は、生徒も教員も口をつぐみ、一心にふき掃除に取り組んでいるということです。六限後すぐに清掃場所に移動し、1分間の黙想正座で心の準備をした後、決められた掃除を8分間。最後の2分は自ら汚れのあると思った場所を磨く。清掃後の黙想と反省会を合わせて20分間行うというものです。
又、同町の他の中学校では給食の時間も無言で頂くというのです。ある時、新任の校長が「退屈だから、しゃべってもいいことにしよう」と提案したら、生徒から猛反対されたということです。
生徒の中には「しゃべらないから、食べ物に感謝できる」。校長先生は「生徒が自分の心と向き合えるのが無言の時間」とあります。
 しかし、A教育大の教育方法学のある教授の意見では「理論的に『無言』が子どもたちの成長につながるとは考えがたい。無言の教育をおしつけてしまうと生徒の自主性が薄れ、学校生活が楽しくなくなることもあり得る」と批判しています。とは言え、全国からこの学校を見学にくる数も増えているとのことである。と記事は結んでいます。
 たしかに、永平寺のお膝元の学校ではありますし、修行中の雲水は、日々の修行を無言で行っています。日蓮宗ではあまりこのような話は聞きません。
 私は数年前、合宿生活でありながら、強制的な条件の中で21日間、無言で過ごす機会を体験しました。隣人のベットとは、手の届くくらいしか離れていません。しかし、互いに無言が条件であれば、日常の挨拶さえ必要としなくなります。しばらく続けていると、常に自分の心を見つめていることに気づきます。私達は無意識に当然のように、周りの世界を意識して生きています。自分自身の評価さえ周りの意見を気にして生きています。しかし、一端、外側の世界のストップさせると、自然に内側の世界を見ることになるのです。ただし、一人で生活をしているから、これが出来るかというとそうではなく、衣食住の心配がなく、又、大勢の中でこそできると思います。通常の修行は心を見つめるのではなく、専門的な技の習得に重点が置かれていますが、時には、このような修行があってもいいと思いますし、必要なことです。
 この中学校で行われていることは、現在の私たちに欠けている大切なことを実践しているのだと思います。さらにもっと多くの学校でも取り入れられることと、まずは真摯に検討されることが肝心です。




74.〔平成21年6月版・平成21年6月1日更新〕
 連日のように報道されていた新型インフルエンザのニュースがなくなりました。しかし絶滅した訳ではないので、再び猛威をふるう時は注意せねばなりません。今月から90%にも及ぶ薬が、コンビニやスーパー、電器屋でも購入出来るように改正されたのですが、便利なりにさまざなな問題も起きてくるのでしょう。益々、小売りの専門店が消えていきます。いづれは、どんな店で品物を購入するようになるのでしょうか。

 さて、時々、霊の存在を確かめるような出来事があります。今回は、亡き方も学習会に参加しているということです。毎月開催している「法華経の世界」(毎月第3土曜日開催中)での事でした。
 先日、皆さんに大曼陀羅ご本尊と霊界のお話をしました。亡き方々は、肉体がないだけで、意識はそのまま継続しています。生前中、死後のことがよく理解されていなかったり、又、死んだらすべて終わりと思っている人が、実際、死を迎えた時、愕然とします。何故なら、肉体が無いだけで自分が「在る」からです。理想なのは、この世からスムーズに、次の次元(世界)へと移行することですが、特に、この世に未練や執着が強いと移行できずに留まることになります。そういう霊となった方も、やがて、どうしたらいいのかと解決策を探します。
 今回、その方法をお話している間、そのような方(霊)が聞きに来られていたということです。もちろん、実際に目に見えている訳ではありませんが、後でそのような出来事があったと聞きました。すると、その話をし始めた途端に、その方(霊)が現れたのです。しばし、会話をした後、納得されたようで、大曼陀羅ご本尊(ここでは光の中へと表現しました)の中へと導かれて行きました。
 このような出来事は、すでに多くの書物や、テレビなのでも取り上げられています。私は、小さい頃から当たり前のこととして見てきたのですが、しかし、あくまで両親が行っていることでした。又、一部の人しか理解されない世界かもしれませんが、実感として事実として教えられます。
 今さらかもしれませんが、自分の存在(肉体だけではない)を知ることは、とても大切なことであります。又、亡くなったからと言っても、自分とその人との誤解や不信は消えません。まずは、これらの関係を修復していくことで、人生が上向きます。
 ちなみに、いつでも霊を感じたり見えている訳ではありませんので、その点はご了承ください。



 

73.〔平成21年5月版・平成21年5月1日更新〕
 
今年のゴールデンウィークは、16日間連休のところもあるようですが、不況の影響もあるのでしょうか。高速道路が曜日限定で千円となり、私も4月初めに東京まで利用しました。この効果は、果たしてどうなのかは、しばらく様子をみないと分かりませんが、利用者にとっては嬉しいことです。
 新型インフルエンザが、世界中に広がりつつあります。政府は水際作戦として、空港・港湾での厳重な対処をしていますが、それでも万全とは言えません。連休中に大勢の海外旅行者が帰国します。しばらくは、その動向を見るしかありません。

 題名が「私の家族〜うちの家族はみんなが悪い〜」こんな作文がありましたので紹介します。
 今日学校から帰ると、お母さんが「たっちゃん(私の弟)の机をふいていて金魚鉢を落として割ってしまった。もっと気つければ良かったのに、お母さんが悪かった」と言いました。
すると弟の辰夫は「ボクがはしっこに置いていたからボクが悪かった」と言いました。
 でも、私は思い出しました。昨日、弟が金魚鉢をはしっこにおいた時、私は「危ないな」って思ったのにそれを言わなかったから、私が悪かったと言いました。
 夜帰ってきて、それを聞いていたお父さんは、「いや、お父さんが金魚鉢を買うとき、丸い方でなく四角い方にすればよかったなぁ。お父さんが悪かった」と言いました。
 そしてみんなが笑いました。

 『「わたしの責任だ」と言ったとき、はじめて、それを変えられる。』というメッセージがあります。
どれほど、私たちは人のせい。環境のせい。国のせい。あらゆることを自分以外に責任を求めているのでしょうか。すべてのことは自ら創造した通りになっていることを、くれぐれも忘れてはなりません。自ら考え思った通りになる。これがこの宇宙の仕組みであり、自由に選択できるという平等があるのです。ただ、問題が起きても、それを解決する勇気がないだけのことです。なぜなら、人に託していた方が楽だからです。



72.〔平成21年4月版・平成21年4月1日更新〕
 3年に一度開催され、今大会で2回目となるWBC(ワールド・ベースボール・クラシック )で再び日本が優勝しました。世界16ヶ国が参加し、本場のアメリカは4位。決勝は日本と韓国で行われ、劇的な勝利を納めました。連日このニュースが流されていましたので、低迷する日本にとっては一時的でも盛り上がり楽しませてくれました。イチロー選手の「これで(優勝でき)本当の侍になれた」というコメントには深いものがありました。
 
 先日、日蓮宗のある会が、愛知県岡崎市・浄土宗西居院住職の廣中邦充師の講演会を開催しました。
廣中邦充師は、問題や悩みを抱える少年少女をお寺に引き取り、一緒に暮らしながら厚生させて、今までに693人の子供たちと関わり、現在も2歳の子からはじまり15人いるそうです。しかも、今尚、自宅待機している子は2032人もいるとのことです。すでに、その活躍ぶりは、テレビや新聞、雑誌にも多く取り上げられています。

 講演の中で、世間では教師(学校の先生・お坊さんも教師といいます)について、いろいろと取り上げられているが、一番は、教師像について、まず教師自身が、その自覚や意識があるかということです。教諭ではなく、教師であることが重要であり、師とは、尊ばれる人を指すもので、そういう人物になっているかです。
 又、子供たちは、父親象にオーバーラップして教師像をみるので、家庭内で父親像、もしくは母親像に威厳があるかです。家庭になければ、教師にも求めないのです。しかも、自分の子供の担任教師をバカにしたり、蔑む行為により、子供は同じようにするのです。
 これは、お寺と檀信徒の関係も同じことが言えるのです。尊敬される教師(僧侶)でなければ、家庭においても、お坊さんを尊敬せず、やがては、檀家離れから、宗教離れに繋がり、宗教そのものが継続されていきません。
 つい最近、僧侶が散弾銃をタクシーの中で準備しながら、「頭をぶち抜きに行く」というニュースがありましたが、コメントする言葉がありません。しかし、例え行動に起こさなくても、考えや思いの中にあると、その思いは日常の振る舞いに表れてきます。とても恐ろしいことであります。まずは、常に、教師たるものは自覚と威厳と誇りを持つべきです。
 そして、家庭に於いては、教師に対する捉え方をしっかりと教えるべきであります。でも、尊敬できる、そんな教師(僧侶も)は少なくなってきたと、お嘆きの方もおられることも事実です。益々、教師も僧侶も選ばれていく時代であると思います。どんな職業でも立場でも同じですが、やはり、己の心が肝心です。
〔富士川SAにて〕



71.〔平成21年3月版・平成21年3月1日更新〕
 2月中旬には、夏日を記録した所や花粉、黄砂まで舞いました。しかし、その後は平年通りに戻り妙に安心したりと、たしかに暖かくなることはうれしいですが、あまりにも早いと不安になります。不安と言えば政治・政界、さらに経済も悪化しています。この先一体どうなるのか誰も予想がつきません。ほとんどの国民は、まずは解散と思うのですが、次は誰に期待していいのか、それも迷います。大いなる救世主が現れるを待つのか、それとも、自分達で変えていくしかないのか。叡智を求められます。

 2月15日午後3時半(日本時間16日午前5時半)ごろ、アメリカ・ニューヨーク市のハドソン川にUSエアウェイズのエアバスA320型旅客機がエンジントラブルで墜落しました。しかし、機長の好判断と飛行技術にて乗員・乗客155人は奇跡的に全員救助され、サレンバーガー機長は「ハドソンの英雄」と称えられていると報道されました。
 後日、テレビ番組に出演した機長のコメントの中に、「できると信じていた」又、「集中力」と語っていました。自分の力を信じることの強さと平素からの訓練、経験が現実化させたのだと思います。
又、興味深い質問の中に、司会者に「祈ったか」と聞かれ、機長は「いや。後ろの誰かが私にそう(祈る)していることは想像していた」と語っています。
これを聞き、祈りの原点を知らされたようです。平素、口では祈っていますと言っても、実際にイザとなったら果たして、どのような行動を取るのだろうか。ただ「助けて」と祈るだけなのか。それとも、もっと別な行動を取れるのだろうかということです。
 私達は、「祈りましょう」と言います。それは大切なことですが、本当の祈りは生きているこの瞬間刹那に組みまれていて、意識的に生きることそのものが、祈りに繋がっていると言えます。もちろん、祈りの時間を設けることは必要ですが、「祈り」そのものを最高レベルに引き上げてこそ、イザと言う時の安心感が生まれます。同時に不思議な力が働くということです。(最高レベルについては、又、別の機会を設けます。)
今回、機長は「祈っていない」といいましたが、実は、それ以上の意識が働いていたのだと思います。単純に祈りさえすれば助かるとなどという次元ではなく、まさしく神自身の操縦であったのです。
しかも、機長は、誰かが私の行動を祈っていると、自分の行動を客観的に見ています。 
生死に関わる大事故に遭った人は、まるでスローモーションを見ているようだと言いますが、時間の流れが変わるのでしょう。ゆえに、多くの対処ができたのかもしれません。ともあれ、一人も犠牲者が出なかったことは、やはり神秘であり、奇跡と言うべきです。 
〔今、伊勢神宮では式年遷宮の為、宇治橋を解体工事中ですH21.2.20〕
 

 

70.〔平成21年2月版・平成21年2月1日更新〕
 お寺の節分祭も終わり、結局1月は書けませんでした。その間に、アメリカでは黒人大統領として初のオバマ氏が就任し、新たなる時代が始まりました。しかし、国内外の経済はさらに悪化、失業者が増え、短縮就業が製造業で著しく増加しているようで、これだけ、車が売れないと、さまざまな面で影響があるという現実を見せられたようです。
TVのコマーシャルも最近パチンコ屋さんが多いと思うのは気のせいでしょうか。まだまだ、これから厳しくなるという意見もあります。しかし、日々の生活は進み、さまざまな人生は過ぎていきます。すべては体験せねばならない一つとして捉えていくしかありません。

 今より787年前の2月16日は、日蓮聖人が誕生された日です。出生については、大聖人ご自身のお手紙や、ご文章にも書かれていますが、父親の名を貫名次郎重忠といい母を梅菊といいます。房州(千葉県)小湊に誕生され、みずからを「民の子」また「旃陀羅が子」と、賤しい身であると称されています。しかし、この出生について古来よりさまざまな論議がなされています。例えば、当時、そのような子供に善日麿(ぜんにちまろ)という名を付けるかということです。父親の名もそうです。又、生涯守り刀を持っておられたのですが、数珠丸といい後鳥羽上皇に関係するものです。16歳で出家され蓮長と改名され、その後、京都、奈良など勉学の旅に出られますが、これには相当な財力が必要とされます。さらに、比叡山の一坊まで任されていることも人望・能力だけではないとされています。国学を学ばれた師は、天皇家関係の冷泉家など、時代考証をしていくことで、ますます謎が深まり果して、本当に漁師の子であったかという疑問が残ります。しかし、あくまで仮説ですから、それ以上は語れません。それこそ時空を超越すれば分かることでしょう。将来、何らかの形で証明されるかもしれませんが、今は、遺された教えの本義を最優先すべきであります。
 もう一点、日蓮大聖人は面授口決(めんじゅくけつ)と言われ、直接、お釈迦様に会って法を授かったと説かれます。これには解釈を要しますが、ならば、私たちも、日蓮大聖人やお釈迦様に面授口決することが望ましいのです。そんなことは出来る訳がないと言われそうですが、まずは聞こうとしない。出来ないと初めから思っているのであれば無理です。ならば、お前はどうなのか?と問われそうですが、淡々とその時を待っています。
〔誕生寺山門〕



69.〔平成20年12月版・平成20年12月1日更新〕
 師走を迎えました。一時期は200円近くまで高騰したガソリン価格も120円前後まで下がりました。しかし、景気の低迷が続き倒産や失業者が増加、来春の就職内定を取り消されている学生も多いです。KY総理(K・Yとは漢字が読めない)の支持率も下がり政治も紆余曲折です。果して日本はどうなってしまうのか不安なことばかりです。
 生ゴミのみを堆肥にする実験で、全国でもわずか2ヶ所しか指定されていない、生ゴミ収集学区でしたが、結局、運用費が掛かり過ぎるということで中止になります。又、あれだけゴミを分別しろと言われていたのに、今月から、かなりのものが可燃ゴミでもいいことになりました。リサイクルより燃やした方が効率がいいということでしょう。
 時代によって価値観は変わりますが、どんなことにも言えます。もう古くなったシステムは変わらなければならない時代になったのでしょう。身の回りでも、良き方法へ変えるべきことは、自ら変えていきましょう。

 12月8日は成道の日で、お釈迦様が悟りを開かれた日です。悟りを開くために難行苦行を6年間にわたり続けられたのですが、いくら肉体を苦しめ、我慢をしても悟りを得ることは出来ない、又、死んでしまっては何の意味もないということを、まず気づかれ、その修行方法を止め山を降ります。衰えた肉体を見た村娘スジャータは乳粥を提供し癒します。その姿を見た同行の修行者達は、ついに諦め堕落したと罵ります。
身体が整えられた後、菩提樹の下で禅定(高度な瞑想)に入られ、やがて8日暁と共に、悟りを開かれ仏陀となられたとあります。これは、歴史上の神話であり、実際は、晩年に説かれた法華経では、実は、私は遠い過去から悟っていたと宣言されます。同時に、存在するすべてのものも自然の摂理の中では尊き存在である。と説かれています。もちろん私たち人類もです。しかし、本当にそうであるかは体験しないと分かりません。ゆえに、この地上に肉体を持って生まれさまざな体験をしているのです。世間を見た時、悲惨な出来事が繰り返されています。家族や人間関係でも多くの経験をしています。その体験の中から、人類の尊き事や愛することを気づかせてくれています。特に、自分の感情に素直になった時に感じることができるのです。この事こそ悟りというものの本質が理解できるようになっているのです。
 お釈迦様は、「自らを灯としなさい」という言葉を残されましたが、実は自分の中にこそ幸せになる秘密があると言われたのです。道を求めるならば、神々はその手助けをされますと、仏陀に約束をされたのです。あとは、私たち次第です。
〔なばなの里・イルミネーション〕